最近、いろんな現場で「F2転換率(2回目の購入率)」という言葉をよく耳にする。 支援する立場として会議に出ていると、ホワイトボードや画面共有された資料には、 きれいに整理された折れ線グラフや、目標とするパーセンテージが並んでいる。
「どうすれば、この数字が上がりますかね?」
そう聞かれるたびに、少しだけ喉の奥がムズムズするような、 なんとも言えない違和感が残る。
もちろん、ビジネスだから数字は大事だ。 それは分かっている。 分かっているんだけど、その場の空気が「数字をどう動かすか」というゲームの話に終始しているとき、 ふと、そこにいるはずの「お客さん」の顔が、霧みたいに消えていく感覚になる。
前職で、ずっと値引きをしない老舗の化粧品会社にいた。 数十年の歴史の中で、キャンペーンらしい値引きはたったの1回。 そこでは「なぜ、この人はこのメルマガを読んで、わざわざ自分の財布を開くのか?」ということを、 それこそ、執念に近いレベルで突き詰めていた。
でも、今の現場で流れてくるクリエイティブを見ていると、 「とりあえずクーポンで釣れば、次は買ってくれるだろう」 という前提が、透けて見える気がする。
数字を追う側の視点では、それは効率的な「施策」なんだろう。 でも、ふと思う。 それって、ブランドを好きになってもらう努力と、 実は真逆の方向を向いているんじゃないか、って。
いや、なんか違うな。 真逆というより、「会話が噛み合っていない」感じに近いかもしれない。
私たちは、一歩会社を出れば、どこかの会社の「お客さん」だ。 休みの日にスマホを眺めていて、 「今なら500円オフ!」というバナーが何度も追いかけてきたら、どう思うだろう。 「あ、安くなってる、ラッキー」と思って買うことはある。 でも、そのブランドを信頼したり、ずっと使い続けようと思ったりするきっかけが、 「安さ」だったことって、自分自身の経験を振り返ってもあんまりない気がする。
お客さんは、たぶん私たちが思っているよりずっと賢い。 そして、もっと複雑な感情で動いている。
「F2転換率を上げたい」という言葉の裏側にある、 「効率よく、リピートさせたい」という売り手側の都合。 それを敏感に察知した瞬間に、 なんだか、冷めてしまう。
誰が悪いわけでもない。 目標の数字があるし、現場は必死だし、 クーポンを配れば、一時的にグラフは上を向く。 だから、みんなそれをやる。 その構造自体は、すごく論理的で、正しい。
でも、その「正しさ」の中に、 「この商品があってよかった」と思ってもらうための余白が、 どんどん削られているような気がして、少し怖くなる。
「なぜ買うのか、研修」みたいなのを、 一回、現場のみんなでやってみたら面白いのかもしれない。 「このブランドのどこが好き?」じゃなくて、 「最近、自分が思わず買っちゃった時の、あの心の動きって何だった?」 を、ただ共有するだけの時間。
まあ、そんなの仕事の役に立たないって、 鼻で笑われちゃうかもしれないけど(笑)。
効率よく数字を動かそうとすればするほど、 「人」という存在から遠ざかっていく。 この、なんとも言えないズレた感じ。
これ、どうにか解決しようとするんじゃなくて、 ずっと抱え持っておくべき違和感な気がしている。
正解はわかんないけど、 少なくとも、画面の中の数字が動く前に、 誰かの心が動いていることだけは、忘れたくないなと思う。

