その離脱、本当に離脱ですか|数字が信用できなくなる理由

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月末締めの数字が、月初には信用できなくなる

まいがカウンター席に座った時点で、何か抱えているのが分かった。いつもより背中が少し丸くなっている。ツール営業の忙しさを知っているから、「案件詰まってる?」と聞きたかったが、声をかける前に話が出た。

「離脱率、また上がってたんですよ」

まいは、MAツールベンダーで営業をしている。導入企業のダッシュボードを見せて回るのが仕事の一部だ。だから、他社のCRM数字を嫌でも目にする。

「先月の同期比較だと、前年同月比で10ポイント上がってた。クライアントから『施策がダメなのか』って問い合わせが来て。でも見直してみたら、施策はそこまで変わってないはずなんです。何が起きてるんだろう、って」

「配信したから離脱者が増えた」のワナ

数字が急に動く時は、大抵このパターンだ。施策が変わったのではなく、何をもって離脱と判定するかが、気づかないうちにズレている。

「離脱定義、何になってるんです?」と聞いた。

「あ、そこ。180日購入なしで離脱、って設定のはずなんですけど…」

180日。6ヶ月だ。通販企業のスタンダードとしては悪くない数字だが、これが全ての商品に当てはまるわけではない。化粧品と食品では消費サイクルが違う。サプリと衣服では使い切るペースが全く違う。同じ企業の中でも、カテゴリごとに最適な離脱期限は変わる。

「その180日の根拠は?」

「えっと、業界平均だと思います」

ここだ。多くの企業がこれで数字を信用できなくなる。

「アクティブに見える」顧客が、実は離脱している

まいの抱えているクライアント企業は、配信施策を一段階強化していた。メール頻度を上げ、LINEセグメント配信を開始し、休眠層へのリターゲティング広告を打ち始めた。短期的には配信数が増えている。

すると何が起きるか。配信を受け取った顧客の中に、「この配信がなければ、もう買わなかった層」が含まれている。その層が、配信直後に1回だけ買う。180日の離脱期限をリセットする。

つまり、配信なしでは購入しないのに、統計上は『アクティブな顧客』に見えているという状態だ。

「配信を強化した月は、反応率が上がるから、何かうまくいった気がする。でも半年後を見ると、その反応者たちの再購買がない。だから『人数は増えてるのに、実質的な離脱は増えてる』みたいな状況になってるんじゃないか」

まいが目を少し細めた。ピンときたのだ。

「あ。配信で一時的に引き出した購買を、本当のリピートだと思ってる」

その通り。F1は増えている。配信の質が悪いわけではない。ただ、何をもって「この顧客は継続している」と判定するか、その定義が現実と合致していないだけだ。

離脱定義がズレると、全数字がズレる

160日で3回買う顧客と、180日で1回だけ買う顧客は、統計上は同じ「アクティブ」だ。でも、その後の行動は全く違う。前者は自発的に買い直そうとしている。後者は配信がなければ離脱している。

離脱期限を正確に設定しないと、起きることはこれだ。

  • 継続率が水増しされる(実質離脱の顧客が、期限内のアクティブに計算される)
  • LTVが甘く見える(配信で一時的に引き出した購買が、長期継続と見誤られる)
  • 施策の本当の効果が見えない(配信強化が本当に継続を生んでいるのか、期限リセットしてるだけなのか、判別できない)
  • 会員構造の課題が隠れる(F1依存や、F2転換の本当の詰まりが見えない)

「では、実績から逆算して、期限を引き直すしかない」とまいに返した。

実績の80%到達日と中央値で補正する

離脱期限は、業界平均では決まらない。自社商品の、実際の消費・購買サイクルから決まる。

やり方はシンプルだ。購入者を追跡して、何日後に次回購入しているのか、データを取る。その実績から、以下の2つを計算する。

  • 購入者の80%が再購買に至る日数(つまり、この日までに買い直している人が全体の80%)
  • 購入者の中央値(中ほどの人が買い直すまでの日数)

その80%到達日か、中央値の1.5倍〜2.0倍を、離脱期限の基準にする。これなら、「配信を受けたから買った」ではなく、「自発的に買い直した」人たちを、ちゃんとアクティブとして数えられる。

「でも、商品によって違うって…」

そうだ。同じ企業の中でも、化粧品なら28日の消費サイクルが基準になるかもしれない。食品なら14日。サプリなら3ヶ月。衣服なら季節。カテゴリごとに、最適な期限は変わる。

「全体で一つの離脱期限をかぶせると、カテゴリごとの課題が見えなくなる。化粧品は本当は継続してるのに、サプリの低迷に引きずられて全体平均が下がってるのかもしれない。あるいはその逆。数字は見えても、何が起きてるかは分からないままになる」

まいはスマートフォンを出して、メモを取り始めた。

配信の強化は、まず定義を正してから

配信施策を強化するのは悪くない。ただ、その前に一度立ち止まる必要がある。

今、「離脱者が増えている」と見えているのは、本当に離脱が増えているのか。それとも、配信で一時的に買わせた顧客を、ずっとアクティブだと思い込んでいるだけなのか。

その判別ができないまま施策を打つと、配信数は増えるが、本当のリピーターは増えないという逆説が起きる。短期的には数字が良くなった気がするが、半年後には現実と統計のズレが大きくなっている。

「クライアント企業に、まずこれを確認するよう提案してみるといい。『180日で本当にいいのか、実績から逆算してみましょう』って。カテゴリごとに期限を引き直すだけで、数字の信用度は一気に変わる」

「そうか。数字が信用できなくなるのって、施策が間違ってるんじゃなくて、土台の定義がズレてるんですね」

その通り。配信の内容がどうであれ、何をもって「この顧客は活きてる」と判定するかが決まっていなければ、全ての数字は砂上の楼閣になる。

「来月のクライアント報告で、その話をしてみます」

まいはメモを閉じて、少し前よりは肩が上がっていた。

参考資料:
広告費高騰時代の”流入後”最適化──東京スター銀行がLP改善とCTA検証でCVR120%超を達成(https://markezine.jp/article/detail/50549)
📖 本日使われた専門用語CVR / 離脱率 / 継続率 / LTV / セグメント配信
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