4月の水曜夜。ゆうきがカウンターに座って、スマートフォンの画面を見ながらため息をついていた。
「SNS、すごく回ってるんですよ。いいねも多いし、コメントもくる。シェアされることもある。でも、その割に……アプリの新規ユーザーが増えてくれないんです。何か間違ってるんでしょうか」
マスターはグラスを磨きながら、少し間を置いた。
「SNSで反応があるのに利用につながらないって、よく聞く話だ。最初は『もっと露出を増やせば』とか『フォロワーをもっと増やせば』と思うじゃないか。でも、そこまでじゃなくて。SNS上の反応が集まってる層と、実際にアプリを使い続ける層が、別になってるだけのことが多い」
ゆうきは眉をひそめた。「別の層?」
「SNSで高いエンゲージメントが出るってことは、その投稿が『見やすい』『シェアしやすい』『反応しやすい』ってことなんだよ。あなたのコンテンツが、そうなってるから反応が集まってるんだ。でも、ここが大事なんだけど——その『反応しやすさ』と『アプリの利用を決める一歩目に進みやすさ』って、全く別の設計なんだ」
「あ……」
「例えばさ。フィットネスアプリの事例がある。『自分のワークアウト記録をシェアしよう』ってキャンペーンをやったんだけど、最初は反応がすごく多かった。いいねも、リツイートも伸びた。ところがね、そこから実際にアプリをダウンロードする人の比率を見たら、SNS上の反応者の中央値に対して、実際の利用者は中央値の0.3倍程度だったんだ」
「えっ、そんなに下がるんですか」
「そう。なぜかって言うと、SNS上で高く反応する人と、アプリを継続利用する人が、求めてる価値が違うんだよ。SNS上での投稿は『見栄えのいい一瞬の成果』をシェアするもの。でも、アプリを使い続ける人が欲しいのは『毎日の記録の手軽さ』とか『自分のペースでの進捗管理』とか、別の価値なんだ」
ゆうきは少し沈黙した。
「つまり、僕のSNSは……」
「『反応がくる投稿』と『アプリの利用を促す情報』を、一緒くたに考えてないか、ってことだ。SNS上での高いエンゲージメント——いいね、シェア、コメント——ってのはね、『このコンテンツは拡散しやすい』って意味であって、『このコンテンツを見た人がアプリを使いたくなった』って意味じゃない。むしろ反対で、見やすくシェアしやすい投稿ほど、表現がまとまりすぎてて、見た人が『自分のアプリ利用の動機に当てはめにくい』って状態になることもある」
「なるほど……」
「SNSで反応してる人と、あなたのターゲットユーザーもズレてることがある。SNS上で拡散されるのは『フォロワーの知り合いにも見せたい』って感情が起きやすいコンテンツだ。でも、あなたのアプリを使い続ける人が求めてる価値って、別の形かもしれない。シェアしたくなるメッセージと、利用継続を促すメッセージの設計って、全く違うんだよ」
ゆうきが顔を上げた。「では、どうやって分けるんですか」
「SNSでやることと、メールやアプリ内通知でやることは、同じメッセージを別の形で流すんじゃなくて、もう最初から別の役割として設計したほうがいい。SNSは『認知と拡散を狙うコミュニケーション』。メールや通知は『利用を促すコミュニケーション』。その違いを明確に持つんだ」
処方箋
- SNS上の高いエンゲージメント(いいね、シェア、コメント数)と「アプリ利用への導線」を別物として扱う。SNS=拡散を狙うコンテンツ、メール/アプリ通知=利用を促すメッセージ、と役割を明確に分ける
- SNS投稿に「表現の余白」を意識的に残す。細かく説明しすぎず、見た人が自分の文脈に当てはめやすい形にする。その結果、シェアが増える可能性が高まる
- SNS上で反応してくれてる層と、実際のアプリ利用者層を比較する。エンゲージメント数に対するアプリ導入率を数値で把握し、ズレがある場合はコミュニケーションの役割分けを見直す
- SNSからアプリへの遷移を、一度のクリックではなく、複数回のタッチポイントを前提に設計する。SNSで認知 → メール等での継続接触 → アプリ導入、くらいの時間軸を想定する
マスターはグラスを置いて、ゆうきを見た。
「SNSの反応が高いってのは、悪いことじゃない。むしろ、その反応をどう『別の場所での行動』に変えるか。その設計が抜けてることが多いんだ。拡散力と、利用促進力は違う。その違いを認識した上で、SNS用のメッセージとアプリ利用促進用のメッセージを、別々に作ってみるといい」
UGCは”量”だけでなく”表現の余白”が重要(https://markezine.jp/article/detail/48627?p=1)

