新規が止まると死ぬ|シーズン最高潮でも感じる不安の正体

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シーズンピークなのに、なぜか安心できない

4月の水曜夜。アウトドア用品を扱うりつは、今年最高の売上を目の前にしながら、バーのマスターに同じことを繰り返していた。

「春本番で新規は爆増してるんですよ。でも……やっぱり不安なんです。秋まであと半年。この新規が全部リピートに変わらなかったら、下半期は危機的な状況になる。」

マスターは静かに聞いていた。りつの言葉は正しかった。シーズン性が強い業界では、ピークシーズンの新規獲得が年間の売上を左右する。だからこそ、多くの経営者や担当者は「新規さえ止まらなければ」という恐怖に取り憑かれている。

「その不安、ずっと持ってるんですか」

「ずっとです。去年も一昨年も。新規で売上が作れるから、リピート率が低くても何とか回ってきたんですけど、もう限界を感じています。」

「新規が止まる=死ぬ」の構造を作ったのは誰か

りつの悩みは業界特性だけではない。むしろ逆だった。

ここ数年、りつの会社は新規獲得に投資を集中させてきた。春と秋のシーズンに広告費を増やし、新規顧客数を最大化する戦略。その戦略は成功していた。新規数は毎年前年比120%を超えている。

だが、その成功がりつを罠に陥れていた。

「新規が増えて売上が伸びる」という体験を何度も繰り返すと、多くの企業は知らず知らずのうちに「新規フロー依存」の構造を作ってしまう。そして、その構造の上では、どんなに好調な時期でも、次のシーズンが来ないと不安が消えない。

マスターは少し前かがみになった。

「で、話を聞いてると、その新規の子たちって、どれくらいが2回目を買うんですか」

りつは答えに詰まった。

「正確には測ってないんです。新規が一度売上になったら、次は自動配信で……」

「自動配信。」マスターは言葉を返さず、グラスを傾けた。

「新規が止まると死ぬ」を手放せない理由

ベースフード。この企業は解約率を過去最低水準まで低下させた。その理由の一つは、EC単体ではなく、コンビニという別の接点を作ったことだった。消費者はコンビニで商品を目にして、QRコードからLINEに登録し、ECサブスクへと導かれていく。長い導線設計だ。

そしてロイヤリティプログラムでは、継続するほどメリットが増える構造をつくった。つまり、新規から2回目、3回目へと進むにつれて、顧客が得られる価値が段階的に上がっていくということだ。

りつの会社にはその発想がなかった。

「春と秋に新規を獲得して、その間のオフシーズンは何もしない。その結果、新規は忘れて、次のシーズンにはリセットされている。だから毎回、新規を0から集め直す。」

マスターが言ったのは指摘ではなく、整理だった。

「つまり、君たちは新規フローの中に、リピートが組み込まれていないんです。新規が増えるたびに、その子たちを顧客に変えるチャネルがない。だから、新規が止まれば、本当に死ぬ。」

りつは息を飲んだ。

その通りだった。会社は新規獲得システムは完璧に構築していた。だが、新規を繰り返し購買に結びつけるシステムは、ほぼ機能していなかった。

「新規フロー依存」と「リピート蓄積」は別の問題

「ただ、これが難しいのは、データをよく見ると、君の会社のF1比率は悪くないということ。」

マスターは続けた。

「つまり、一度買う人は結構買ってくれている。でも、その子たちって、シーズンが終わると連絡が途絶える。次のシーズンに同じタイミングで呼び起こされるまで、休眠状態のままなんじゃないか。」

りつはうなずいた。その通りだ。

「それが証拠に、君たちの新規は毎回『初めての人』が大半で、リピーターの比率が極めて低い。いや、正確には、去年の顧客が今年の新規に分類されちゃってる可能性も高い。」

シーズン性が強い業界では、このズレが起きやすい。新規か既存か、その分け方が「カレンダー年度」や「シーズン」で区切られてしまうため、実際には前年の顧客を「新規」として計上してしまう。結果、本当のリピート率が見えなくなる。

三井住友海上火災保険は、ブロックチェーン技術を使ったロイヤリティ基盤を導入した。新しい技術だが、その背景にあるのは、顧客との長期的な関係を「段階的に深める」という発想だった。金融という長期関係が必須の業界だからこそ、一度の接点ではなく、繰り返しの接点の中で信頼を積み上げる構造が組み込まれている。

りつの業界は、それとは違う。アウトドア用品は、季節が来たら必要になるけれど、オフシーズンには見向きもされない商品だ。だからこそ、オフシーズンの間に「使い込んだギア」「次に必要になるもの」を預ける仕組みが必要なのだ。

シーズンの間に何をするか

「処方箋は簡単です。」

マスターはグラスを置いた。

「春から秋までの間に、新規顧客が『リピートしたくなる』タイミングを作るんです。売上に直結しなくてもいい。むしろ、売上を無視して、関係を保つ導線を作る。」

例えば、春に購入した顧客に対して、夏の間、使用レポートを求める。磨耗したギア、次に欲しいものは何か。あるいは、次のシーズンに向けた準備情報を、オフシーズンのうちに提供する。それは販売ではなく、『預け関係』を作ることだ。

「そうすると、次のシーズンが来た時、『あ、あの会社か。次のギア、あそこで買おう』になる。新規としてカウントされるかもしれないけど、実質的には2回目、3回目の顧客になってるんです。」

りつは少し表情が変わった。

「その間に、限定グッズを配ったり、AIで作った『昔のギア大図鑑』を見せたり。『スタジアムで過ごす一日』じゃないけど、『ギア選びのシーズン』を特別にする工夫。そういうのが効くんです。」

それはセレッソ大阪が「平成レトロDAY」でやったことと、本質は一緒だ。試合だけじゃなく、スタジアムにいる時間全体を価値にする。新規獲得だけじゃなく、シーズンの間、ずっと顧客と関係を保つことを価値にする。

「新規が止まると死ぬ」から抜け出す

「ただ」と、マスターは言葉をついだ。

「これを実行するには、数字の見方を変える必要があります。新規数、F1比率、売上。その数字だけを追ってると、シーズンの間の『接点』『関係値』は計測できない。」

むしろ、多くの企業はシーズンオフの間、その数字をゼロと見なしてしまう。だから何もしない。

「来季の新規獲得効率を高めるための投資だと思えば、今シーズンのオフに顧客と繋がっておくことは、決してムダじゃない。来春、その顧客が1回目じゃなく2回目の購買をしてくれるなら、それは新規獲得コストを下げるのと同じことです。」

りつはゆっくりうなずいた。

「つまり『新規が止まると死ぬ』っていう不安は、実は『リピートを作ってない』ことへの警告なんです。新規フローをいくら太くしても、その先にリピート構造がなければ、いつまでも『次のシーズンが来なきゃ』という恐怖からは逃げられない。」

バーは静かだった。りつはしばらく何も言わなかった。

「じゃあ、僕たちがやるべきことは……新規を減らすことじゃなくて、新規の先に『2回目のシーズン』を作ることですね。」

マスターはうなずいた。

「そう。新規を止めるんじゃなくて、新規を、『ずっと来てくれる顧客』に変える。その導線を、シーズンの間に仕込んでおく。それができれば、来春の不安は消えてますよ。」

参考資料:
解約率”過去最低”の理由とは?DtoCと店頭販売の相乗効果で伸びるベースフードのマーケティング戦略(https://agenda-note.com/brands/detail/id=6630)
HashPort、SBTロイヤリティ基盤『Connect Hub』を活用した顧客エンゲージメント向上施策を三井住友海上火災保険と連携して開始(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000167.000046288.html)
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