4月の木曜夜。アウトドア用品のECを運営するりつから、いつもと違う質問が飛んできた。
「マスター、ちょっと聞きたいことがあるんです。うちのF3顧客、つまり3回以上買ってくれてる優良客なんですが、最近その人たちの購買間隔が明らかに伸びているんですよ。でも何もしていないんです。放置というか…」
店内は静かだ。りつはグラスを傾けながら続けた。
「春のキャンプシーズンが来ているのに、去年の同時期に買ってくれていた人が全然注文してくれない。F1、F2の施策には力を入れてるんですが、一度優良顧客になると、あとは黙ってても買ってくれるだろうって…」
その言葉を聞いた時点で、マスターは内心で少し苦笑いをした。20年のコンサルティング経験の中で、この勘違いは何度も見てきた。
優良顧客ほど、コミュニケーションが途絶えている
「りつさ、F3以降の顧客に対して、何か送ってますか。メール、SNS、何でもいいんですが」
「あ、それが…。F1、F2には新商品のお知らせとか使い方のコンテンツとか、結構頻度高く送ってるんですけど。F3以降は、セールのお知らせくらいですかね。もう知ってるだろうって思って」
そこだ。
マスターはカウンターを拭きながら、静かに言葉を重ねた。
「お客様は何度同じメッセージを受け取っても、伝わっていないことが多いんだ。新しい季節になれば、新しい使い方がある。装備の買い替え時期も人によって違う。春のキャンプシーズンが来た時に、『去年買ったテント、そろそろメンテナンスの季節ですよ』って伝えるのと、何も言わないのでは、お客様の頭の中が全く違う。F3以降だからこそ、コミュニケーションが必要なんだよ」
りつは顔を上げた。「えっ、でも優良顧客ですよね。もう商品のことも知ってるし…」
「そこなんだ。君は『商品を知ってる=何も伝えることはない』って思ってるけど、お客様が買う理由ってそれだけじゃない。お客様は商品そのものを買ってるんじゃなくて、その商品を使った後の未来を買ってるんだよ」
同じ商品でも、買う理由は変わる
マスターは体験から語った。
「例えば、去年の初夏に3シーズンテント買った人がいるとしよう。それから9ヶ月経った今、そのテントは何回使われました?」
「そりゃ…わかりませんね。秋のキャンプシーズン、冬はあんまり使わない人もいるし」
「そっか。でも君らから見たら『去年買った人だから、今回も買うだろう』で、何も言わない。一方、そのお客様から見たら『あれ、今年も春のキャンプシーズンが来たけど、去年のテント、そろそろ傷み気になるな。でも新しいのに買い替えるほど古くもないし…』って、買い替えの判断基準が曖昧なままなんだ。そこで君からメッセージが来たら、何が起こると思う?」
「あ…。『そっか、メンテナンスの時期なんだ』とか、『新しいモデルもあるんだ』って気づくってことですか」
「そうだよ。同じテントでも、『1回目の購入』と『2回目の購入』『3回目の購入』では、お客様の頭の中の買う理由が全然違うんだ。F3以降の顧客ほど、実はそこの情報が足りていない。むしろ放置されているんだよ。そしてそのまま、静かに離れていく」
データでは見えない「購買間隔の伸び」
りつは少し難しい顔になった。
「でも、クーポンとかオフとかの方が効くんじゃないですか。新年度のセール、10%オフとか」
「やってみたことありますか」
「ありますよ。でも…効きが弱い気がするんです。100人に送って、5人買うかどうか。前みたいに20人、30人って買う感じじゃない」
マスターはそこで一度グラスを置いた。現場の感覚が正しかった。
「値引きっていうのはさ、『買う気がない』お客様を『買う気にさせる』ための最後の後押しなんだ。でも君の優良顧客たちは、『買う気がない』じゃなくて『買うべき理由が思い当たらない』状態なんだよ。クーポンが効かないのは、お客様が価格で迷ってるんじゃなくて『本当に必要か』で迷ってるからなんだ。そこにクーポン送ってもね…」
「あ。そっか」
マスターは続けた。「ちょっと考えてみてほしいんだけど、君の会社の春のキャンプシーズンって、いつ?」
「4月中旬くらいですね。GWのキャンプが多いから」
「その時期に、『去年の装備で本当に大丈夫ですか』っていう記事とか、『春キャンプで気をつけること』とか『新年度だから装備を見直すタイミング』みたいなコンテンツを、F3顧客に先に送ってたらどうなる?」
「あ…。そっか。買う理由が出来るんだ」
「そう。それがコミュニケーション。配信じゃなくて、お客様の状態に応じて『今、何を伝えるべきか』を考えることなんだよ。F1は『正しい使い方』を教える。F2は『実感できるタイミング』を知らせる。F3以降は『買い替えの判断基準』や『季節に応じた使い方』を伝える。同じ商品でも、次のステップは違うんだ」
優良顧客ほど、なぜ離脱するのか
りつは、ふと不安そうな表情になった。
「でも、そもそも『この人は今、どのステップなのか』をどうやって判定するんですか。購買回数だけじゃダメってことですよね」
「そこが難しいところだ。君の業界の場合、シーズン性が強いから、『最後の購入が何ヶ月前か』が重要になる。同じF3でも、3ヶ月前に買った人と9ヶ月前に買った人では、今の状態が全然違う。3ヶ月前に買った人はまだ『前の購入』のことを覚えてるけど、9ヶ月前なら、その間に競合のテントも目に入ってるかもしれない。季節も変わっちゃった。購買サイクルが何ヶ月なのか、そしてそこから外れている人を『離脱しそう』として見分けるのが、実は重要なんだよ」
「つまり…F3全体を一括りにして、セール送ってるのは間違ってるってことですね」
「間違いというか、そこまで効かないということかな。F3の中でも、『最後の購入から3ヶ月以内』『3ヶ月〜6ヶ月』『6ヶ月以上』で、全然アプローチが変わるんだ。君の会社で言えば、秋口に買った人が今、何をしてるか。その人に『春のシーズン始まりましたよ』と伝えるのと、『半年ぶりになりますが、また始めませんか』では、メッセージが全然違うだろ」
マスターはそこで一度、りつを見た。
「ここからが本当の仕事だと思うんだよ。広告費を50%削減しながら売上120%達成してる事例もある。それはね、値引きキャンペーンから脱却して、データドリブンな1to1のコミュニケーションに切り替えたからなんだ。セグメントごとに、『その人に何を伝えるべきか』を考える。面倒だけど、そこで初めて、実は優良顧客のLTVが上がるんだよ」
お客様の状態ごとに、伝える内容を変える
りつはカウンターに肘をついた。少し腑に落ちた表情だった。
「じゃあ、うちの場合、具体的には…」
「まず、F3以降の顧客を『最後の購入時期』で分ける。君の会社なら、シーズンごとに。春秋がピークなら、『秋以降・冬購入組』『春購入組』『初夏購入組』くらいで分ける。次に、その時期の『今、そのお客様は何を必要としてるか』を考える。秋購入組なら『そのテント、今どんな状態ですか』っていうメンテナンスの話。春購入組なら『初夏のキャンプに向けて、あると便利なギア』の提案。ただし、クーポンありきじゃなくて『なぜそれが必要なのか』を伝えるんだ。価値ベースでね。そこで初めて、クーポンは『最後の後押し』になる。決して『クーポンがあるから買う』じゃなくて『必要だと思ったから、この機会に』って流れになるんだよ」
「なるほど…」
「で、気をつけるのは、頻度。F1、F2には結構な頻度で送ってるみたいだけど、F3以降は逆に『その時期だけ』でいい。うるさくなるから。むしろ『このブランドからのメッセージは、必要な時だけ来る』って信頼感を作った方が、長期的には継続率上がるんだよ」
処方箋
- F3以降の顧客を『最後の購入から経った期間』で再セグメント。シーズン性がある業界ならシーズンごとに分け、『購買サイクル内』『サイクルを外れかけ』『休眠寸前』と見分ける。そこで初めて正しいタイミングが見える。
- コミュニケーション内容を『買う理由』から逆算。F1は「正しい使い方」、F2は「実感の目安」、F3以降は「季節・用途ごとの次なる購買理由」。クーポンではなく『なぜ今、それが必要か』を伝える。
- 値引きは『コミュニケーション』の後に。クーポンありきではなく、お客様が『必要だ』と気づいてから、最後の後押しとして使う。そうでないと、優良顧客も価格でしか判断しなくなる。
- F3以降は『頻度を落とし、精度を上げる』。むやみに配信するのではなく、その時期に『その人にとって最適な情報』だけを送る。信頼感が生まれ、長期的な継続率が上がる。
りつは頷いて、グラスを傾けた。
「また来いよ。実装してみて、数字が変わったら、また聞かせてくれ」

